週刊あの馬は今!?


第7回:デルタブルース
■牡 2001/5/3生れ
■血統
父ダンスインザダーク
母ディクシースプラッシュ

■戦績
03年11月/京都新馬:7着
03年12月/阪神未勝利:2着
04年1月/小倉未勝利:2着
04年1月:小倉未勝利:4着
04年2月:京都梅花賞:4着
04年4月:福島未勝利:1着
04年5月:東京青葉賞:13着
04年5月:東京500万:1着
04年9月:阪神兵庫特別:5着
04年9月:九十九里特別:1着
04年9月:京都菊花賞:1着
04年11月:東京JC:3着
04年12月:中山有馬記念:5着
05年11月:東京アルゼンチン共和国杯:5着
05年12月:中山ステイヤーズS:1着
05年12月:中山有馬記念:11着
06年2月:京都記念:5着
06年3月:阪神大賞典:3着
06年4月:京都天皇賞(春):10着
06年10月:豪コーフィールドC(豪G1):3着
06年11月:豪メルボルンC(豪G1):1着
06年12月:中山有馬記念:6着
07年3月:阪神大賞典:4着
07年4月:京都天皇賞(春):12着
07年10月:京都大賞典:5着
07年10月:東京天皇賞(秋):12着
07年11月:東京JC:5着
07年12月:中山有馬記念:12着
07年12月:大井東京大賞典:12着
09年3月:阪神大賞典:6着
09年4月:京都天皇賞(春):10着
09年5月:東京目黒記念16着:16着
通算:32戦6勝(重賞3勝)
つい1年前までは現役を続けていた菊花賞馬。
デビューは2歳11月で、初勝利までに6戦を要した。未勝利ながら500万特別に出走したり、初勝利後、すぐに青葉賞に挑戦したり(13着)と、デビューから結果は追いつかなかったものの期待は大きかった。
8戦目で500万特別を勝って休養。これが良い方向に出て、秋初戦は5着に敗れるも、1000万特別を勝つと、上り馬として菊花賞に挑戦。単勝45.1倍の8番人気と人気はなかったが、好位追走から早めにスパートする積極的な競馬で2着ホオキパウェーブに1.1/4馬身差をつけ優勝した。このときの1番人気は後にディープスカイに土をつけるハーツクライ、2番人気が同営コスモバルクであった。
なお、この勝利が鞍上の岩田騎手、管理する角居調教師にとって初のG1制覇となった。岩田騎手は当時地方所属ということと怪我もあり、JC、有馬記念には安藤勝、ボニヤ騎手で出走。ジャパンカップ3着、有馬記念5着と好走を見せ、04年JRA賞最優秀父内国産馬を受賞。
4歳前半は疲れもあり、春を全休。
暮れの有馬記念を見据え、アルゼンチン共和国杯で復帰。2戦目のステイヤーズSで勝ち、3番人気で有馬記念に挑むも3番人気11着に敗れる。鞍上は前年までシンボリクリスエス、シンボリクリスエス、ゼンノロブロイで有馬記念3連覇中のペリエ騎手だったが、4連覇はならなかった。
翌5歳シーズンは天皇賞・春を目標に。京都記念5着、阪神大賞典3着とそこそこの走りを見せるも、天皇賞は10着と大敗。ちなみに、この年はディープインパクトが勝った年。
その後、宝塚記念は脚部不安のため回避し、休養。
秋には同じ角居厩舎のポップロックとともにオーストラリアへ遠征。
G1・コーフィールドCではトップハンデの56キロながら3着に健闘。僚馬ポップロックは7着だった。
次走のG1・メルボルンCでは早めに抜け出す競馬を見せると、僚馬ポップロックとの叩き合いを制し、海外G1初制覇を達成。下した相手にもコロネーションCやゴールドCの覇者イェーツもおり、06/07年シーズンのオーストラリア最優秀ステイヤーに選出された。日本調教馬がオーストラリア代表馬に選出されたのは史上初。

帰国後は有馬記念に出走するも9番人気6着に終わる。
6歳になると、阪神大賞典でアイポッパーの僅差4着に入り、天皇賞制覇に期待がかかったが、落鉄の影響もあり12着に大敗。予定していたキングジョージも回避することになった。
秋は再びメルボルンCを目指すも、馬インフルエンザ騒動により遠征を回避することに。京都大賞典で復帰するも5着。続く天皇賞は12着、JCも5着、有馬記念でも12着に敗れる。さらに、中5日で挑んだダート交流G121・東京大賞典では12着に終わる。
レース後に放牧に出され、復帰を目指すも、蟻洞などもあり、7歳時は出走なし。
8歳になり、阪神大賞典で1年3ヶ月ぶりに復帰するも6着に終わる。
続く天皇賞・春では中団のまま10着、目黒記念でも16着に敗れ、このレースをもって、競走馬登録を抹消された。

■引退後
菊花賞、メルボルンCとG1を2勝挙げるも、長距離戦での活躍が目立ち、種牡馬入りすることができず、ノーザンホースパークで乗馬となる。
現在はセン馬となっている。

今年のダービー当日には04年安田記念馬ツルマルボーイとともに札幌競馬場にイベントで来場。勝負服やレプリカゼッケンを使っての記念撮影にも登場した。