週刊あの馬は今!?


第8回:フラムドパシオン
■牡 2003/5/6生れ
■血統
父クロフネ
母カーリーパッション
伯母エアグルーヴ(オークス,天皇賞・秋)

■戦績
05年7月:福島/新馬戦:1着
05年10月:札幌/札幌2歳S:9着
05年12月:中山/葉牡丹賞:3着
05年12月:中山/500万下:1着
06年2月:東京/ヒヤシンスS:1着
06年3月:ドバイ/UAEダービー:3着
06年6月:東京/富嶽賞:1着
08年7月:阪神/灘S:2着
08年7月:小倉/宮崎S:3着
08年12月:中山/北総S:1着
08年12月:中山/師走S:10着
通算:11戦5勝
母の全姉は天皇賞・秋、オークスを制したエアグルーヴという良血。デビュー戦も1番人気に推される。夏の福島、芝のレースでデビュー。中団から直線外を回って差し切る内容で期待を抱かせた。2戦目の札幌2歳Sは3番人気に推されるも他馬と接触するなど厳しい競馬となり、アドマイヤムーンの9着に大敗。
続く3戦目も芝の葉牡丹賞に出走し、3着。
ここでダート路線へ切り替える。暮れの500万条件戦のダート1800に北村宏騎手で出走。これまでの後方からの競馬でなく、先団に取り付くと、4角では先頭に。そのまま後続を突き放すと、2着フィールドオアシスに大差(2.4秒差!)をつける圧勝レコードV。
その後、再び芝のレースも検討されたが、ドバイ・UAEダービーへの挑戦が決定。
ステップ競走には国内のヒヤシンスS。武豊騎手が騎乗し、単勝1.1倍の圧倒的人気に推されると、先団追走から直線残り1F強で抜け出すと、持ったままの手応えで2着マンオブパーサーに3馬身半差をつけ楽勝。
同じ角居厩舎のカネヒキリがワールドカップ、ハットトリックがデューティフリーに参戦することになり、角居厩舎3頭でのドバイ遠征となる。
カネヒキリは1歳上の先輩。遠征時(4歳)で既にジャパンダートダービー、ダービーグランプリ、JCダート、フェブラリーSとG1・4勝を挙げる大将格。それでも世界の壁は厚く、エレクトロキューショニストの4着。
デューティフリーに出走したハットトリックもマイルCS、香港マイルのG1・2勝を挙げる名馬だったが、12着に敗れた。
そして、G2・UAEダービーに出走したフラムドパシオン。勝ったディスクリートキャットに6馬身離されるも、後にワールドサラブレッドホースランキングで世界1位になるインヴァソールに先着する3着に健闘した。
なお、その年はユートピアがG2・ゴドルフィンマイルを制している。
ドバイから帰国後は、ユニコーンSに向けて調整されるも、右前脚に屈腱炎を発症。全治9ヶ月以上と診断され、長期休養に入る。尻の細胞を取り出して培養し、それを幹部に注入し、腱を再生させる新しい治療法が試みられる。
結局、復帰には2年2ヶ月かかることになる。
復帰戦は08年6月の1000万下・富嶽賞。それでも1番人気に推されると、長期休養明けとは思えない楽な内容で後続に4馬身差をつけ圧勝した。
しかし、続く灘Sはトップハンデを背負い2着、復帰3戦目の宮崎Sでは出遅れもあり3着ともうひとつのレースを続ける。
その後4ヶ月の休養を挟み出走した北総Sは1番人気に推されるとフサイチピージェイに2馬身半差をつけ優勝。5勝目を挙げる。
いよいよオープン入り。北総Sから中1週で臨んだオープン特別・師走Sでも1番人気に推される。しかし、競争中に右前浅屈腱不全断裂を発症し、最下位での入線。腱を断裂する重度の怪我を負ったため09年1月8日付けで競走馬登録を抹消されることになる。

■引退後
ダートで高い能力を見せたものの、やはり重賞を勝っていない馬に種牡馬としての需要は少なく、ノーザンホースパークで乗馬となる。現在は去勢されている。