■牡 2000/03/18生れ
■血統
父サンデーサイレンス
母グレースアドマイヤ(トニービン)
半兄ヴィクトリー(皐月賞)
全妹グローリアスデイズ(フローラS,ローズS2着)
■戦績
02年10月:京都/新馬戦:2着
02年11月:京都/未勝利:2着
02年12月:阪神/未勝利:1着
03年1月:京都/若駒S:1着
03年3月:阪神/すみれS:1着
03年6月:東京/ダービー:8着
03年9月:阪神/神戸新聞杯:4着
03年10月:京都/菊花賞:2着
03年12月:中山/有馬記念:2着
04年3月:阪神/阪神大賞典:1着
04年5月:京都/天皇賞・春:13着
04年6月:阪神/宝塚記念:3着
04年10月:東京/天皇賞・秋:12着
05年3月:阪神/阪神大賞典:3着
05年5月:京都/天皇賞・春:6着
05年6月:阪神/宝塚記念:4着
05年10月:京都/京都大賞典:1着
05年10月:東京/天皇賞・秋:15着
05年11月:東京/JC:4着
05年12月:中山/有馬記念:3着
06年3月:中山/日経賞:1着
06年4月:天皇賞・春:2着
06年6月;京都/宝塚記念:9着
通算:23戦6勝(重賞3勝)
母グレースアドマイヤはダービー馬フサイチコンコルドの半妹で現役時代には4歳牝馬特別3着、府中牝馬S2着など活躍。グレースアドマイヤは母としても優秀で、リンカーンの他、皐月賞馬ヴィクトリー、フローラS・ローズS2着のグローリアスデイズなどを出した。
当初は森秀行厩舎に所属し、2歳の10月にデビュー。デビュー戦は柴田善騎手を背に2着に惜敗。2戦目も武豊騎手に乗り替わって2着。
その後、音無厩舎に転厩し、3戦目の未勝利戦で初勝利。
続く若駒S、すみれSとOP特別を2連勝し、クラシックの有力候補に躍り出た。
その後はダービーに目標を定め、皐月賞を回避。
青葉賞をステップにダービーを目指す予定だったが、喉頭蓋エントラップメントを発症し手術を行うことに。そのため、青葉賞も回避。ダービーにはなんとか間に合ったものの、すみれSから約3ヶ月間隔を明けての出走という厳しい状況となり、ネオユニヴァースの8着に敗れる。
秋は横山典騎手を背に神戸新聞杯から始動。ダービー2着馬ゼンノロブロイが圧勝する中、0.7秒離された4着に敗れる。
続くクラシック最後の1冠、菊花賞には4番人気で出走。後方追走から上がり3Fメンバー最速の35.0秒で先頭に迫ったが、早めに抜け出したザッツザプレンティに3/4馬身差及ばず2着に終わる。
その後、武豊騎手に手綱が戻り有馬記念に4番人気で出走。好位から積極的なレースを試み2着に入ったが、ペリエ騎手騎乗のシンボリクリスエスの圧倒的な強さの前に9馬身も離されてしまった。
秋は勝ち切れない競馬が続いたが、G1で連続2着と、G1制覇も遠くはないと感じさせた。
古馬になり、春は阪神大賞典で始動。菊花賞馬ザッツザプレンティも出走してきたが、単勝1.4倍の断然人気に推される。
好位から抜け出すと、ザッツザプレンティに1.1/4馬身差をつけ優勝。目標の春の天皇賞へ向け好スタートを切った。
続く天皇賞・春では単勝2.2倍の1番人気で出走。2、3、4番人気に同世代のダービー馬ネオユニヴァース、菊花賞馬ザッツザプレンティ、ダービー2着馬ゼンノロブロイと明け4歳馬で人気を形成した。
しかしスタートからいつもの行き脚がつかず、中団から。直線も伸びることなく13着に大敗してしまう。
他の有力視された4歳馬もゼンノロブロイがかろうじて2着をキープしたものの、揃って惨敗。勝ったのは横山典騎手が騎乗し大逃げを打ったイングランディーレで7馬身差をつける圧勝だった。
続く宝塚記念は3番人気で出走もタップダンスシチーの前に3着に完敗。
夏場の休養を挟み、秋は天皇賞で復帰。安藤勝騎手を背に4番人気だったが、ゼンノロブロイの12着に大敗。
結局秋は体調が整わず、この1走のみで終了。
5歳になり仕切りなおしの1戦は前年勝っている阪神大賞典。福永騎手との新コンビで3番人気で出走。マイソールサウンドから0.1秒差の3着とまずまずのスタートを切った。
続く天皇賞・春では前年に続き1番人気。ただ、前年は2.2倍の1番人気だったが、この年は5.4倍と押し出された形での人気だった。
主役不在のレースを制したのはリンカーンではなく、安藤勝騎手騎乗の13番人気の伏兵スズカマンボだった。さらに2着に14番人気ビッグゴールド、3着に4番人気アイポッパーと3連単は190万円を超える波乱の決着。リンカーンは後方からレースを進め直線差を詰めるも6着までが精一杯。
続く宝塚記念も4番人気4着で終わる。
秋は武豊騎手に手綱が戻り始動戦の京都大賞典を単勝1.7倍の人気に応え優勝。
天皇賞・秋では3番人気で出走したが、上がりの競馬になってしまい、後方からレースを進めたリンカーンに流れが合わずヘヴンリーロマンスの15着に惨敗してしまう。
その後のジャパンカップはアルカセットの4着、有馬記念ではハーツクライの3着と好走はするもののもう1歩のレースを続けた。
どうしても手が届かないG1タイトル。明け6歳となったこの年こそは、と思われたが、1頭異次元の馬がいた。
始動戦の日経賞は2着ストラタジェムに1.1/4馬身差をつけ快勝。
続く天皇賞・春では2番人気で出走し、横山典騎手の絶妙の騎乗でレースを進めるも、3角から一気に捲くって出たディープインパクトの走りの前になすすべなく3馬身半差の2着に終わる。
次走の宝塚記念では重い馬場も影響し、ディープインパクトの9着に敗退。
夏場は休養。
悲願のG1制覇を勝ち獲るべく、始動戦の京都大賞典へ向け調整されていたが、調教中に屈腱炎を発症。遂にG1タイトルに手が届くことなく、現役引退が決まった。
■引退後
G1にこそ手が届かなかったが、重賞3勝、G1でも2着3回、3着2回と活躍したこと、また叔父にダービー馬フサイチコンコルドがいる血統的背景もあり07年から社台スタリオンステーションで種牡馬入り。
初年度は受胎確認100万円という安価な種付け料、半弟ヴィクトリーの皐月賞制覇もあり、188頭の繁殖を集めた。
これは新種牡馬としてディープインパクトに次ぐ数だった。
2年目は153頭、3年目は133頭、4年目は108頭と徐々に減少。
なお、初年度産駒は現3歳世代。頭数の割りに勝ち上がりは少なく、11年3月12日現在、5頭の勝ち上がりとなっている。ただ、頭数は集めたものの、繁殖の質自体はそれほど高くなかったことも事実で、1頭大物が出てくれば十分に巻き返すことはできるはずだ。
今のところ、デルマドゥルガーがOP特別・ジュニアカップを勝ち、その後のクイーンCでも3着に好走する活躍を見せている。